己は全力で駆け抜けていた。
自転車で。
月曜夜中2時の井の頭通りを。
こんな本気で自転車をこいだのは久しぶりだ。
久しくそういう必要がなかったから。
スポーツ自転車はともかく同じママチャリなら、
なんぴとたりとも己の前はいかせねぇ。
少し本気を出すとすぐ追いついちゃうからつまんねぇ。
ライバル不在の絶対王者。
だが今日は違った。
己を追うというバカヤロウがいるわけだ。
推察年齢40以上。
赤信号越し、なんか様子がおかしいと思ったが案の定、己を追うことにしたらしい。
「バカか…」
と己はつぶやくが、キッと自転車を停め、乗ったまま後ろを振り向き赤信号が変わるまで奴を睨めつける。
青に変わった瞬間、叫ぶ。
「下賤めが!王者の走りに置き去られるがイイ!」
その叫びが、草木も眠る丑三つ刻の井の頭通りに響き渡れば、
奴と己は加速していく。
己の薄緑の自転車(オバちゃん号)と奴の白い自転車がせめぎ合う。
せめぎ合う?
フン。
せめぎあうというのは距離が縮まったり離れたりすることを云うのだ!
君の場合、ひたすら離されまくりじゃないか警察君!あ〜ん?
今回ばかりは相手が悪かったな!
オマエらはよってたかって己を窃チャリ犯に仕立てたがる。
もうたくさんだ!
こっちは年間100回は停められているぞ!
多い日は1日に4回だ!
多い日も不安!
イチイチ停められて7分くらいつきあわされた挙げ句、
結局己のだとわかって
「あ。すみませんでした〜」と間の抜けたあいさつの一言で済まそうとする。
基本的人権の無視!
己のチャリが己のだと証明するのに毎回7分かけるのか?
自転車用のETCをつくれ!ETCを!
防犯登録をバーコードにしろ!
相手を5光年後ろまで抜き去ってやったが永福町駅前大勝軒ラーメンの角まで来た時
己の悪い癖が勃発した。
「待ってやるか。」
もはや米粒のようになってしまった警察君だが尚、公僕としての職務をまっとうすべく
ケナゲに追ってくる。
ちょっとかわいそうになった。
昔から圧勝気味になると情けをかけ(て敗ける)だすのが己の悪い癖だ。
でも、そんな己が己は好きだよ。
大体、赤信号になると向こうは職業柄停まるが、己は顔パスなのだから。
ちょっとハンデをつけてやってもいい。
ようやく追いついてきたところで「やれやれ」とまるでハイキングのようなノリで
また走り出す己。
今度は手加減してやるからさ。
だが、ペース配分を誤り、今度は警察君となかなか差がつかない!
つけようにも距離が足りない。
もう永福庵だ!
己は駄々ッと庵になだれこむも、警察に家がバレてしまったカタチだ。
玄関の鍵も締めずに二階まであがってきてしまった。
今日は、庵にはレツはもちろん、2週間に一回還ってくるけいじも寝ている。
「コンコン」とドアをノックする音がする。
「もしも〜し」
己は無視して自分の部屋にあがり着替えて寝ることにした。
「コンコン」
「もしも〜し」
…。
「コンコン」
「もしも〜し」
意外にしつこい。
もう、家もわかったしいいじゃねぇか。
第一、裏口から逃げることもあり得るぞ。
そんなとこで呑気にコンコンしてていいのか。
15分経過。
「コンコン」
「もしも〜し」
だー、うるさい。
2分に一回くらいの間隔でコンコンしてくる。
外では応援が来たのか、己の自転車(オバちゃん号)を調べるような声などがしている。
ご近所さんにだって迷惑だ。
「コンコン」
「もしも〜し」
ダー、もう。
別に己はなにも悪くないのだしあきらめて己の自転車だと証明しようと立ち上がった時、
また魔が差した。
これは、面白いぞ!
警察が家に攻めてくるなんて滅多にないことだ。
これは楽しまなければいけない。
警察は諦めて還るのか、還らないでもし家にあがってきたら、まず真っ先に…
そう思った時、ガチャと玄関が開く音がした。
「もしも〜し、自転車に乗ってた方ぁ」
なんて間抜けな問いかけなんだ。
「もしも〜し、久我山警察ですけどぉ」
久我山?そうかそっから始まったんだあの華麗なる圧勝レースは。
警察は令状がないと家まではあがれないのか玄関先でちんたらやっている。
「もしも〜し、夜分にすいません。」
アホか。
それよりけいじとレツは気づかないのか。
ふたりが起きる気配はまるでない。
寝息すら聞こえている。
と、その時警察が階段をあがってくる音が聞こえるではないか!
って、今まで20分くらいのやりとりはなんだったんだよ!
じゃあ、最初っから入ってくりゃいいじゃねぇか。
警察は階段を登りきるとけいじの部屋に行った!
やった!
己の狙い通りだ!
永福庵の二階はこうなっている。

人間の心理を考えて階段を登ったらまずけいじの部屋を攻めるだろう。
ドア越しに警察の声が聞こえる。
「コラ」
けいじ:「…。」
「コラ」
け:「…」
「寝てるんじゃないよ、コラ」
け:「ンゴ…」
哀れけいじ、夜中の二時に起こされるの図だ。
「どうやって帰ってきたの?」
どうやって帰ってきたもなにもねぇだろ。
け:「んん?」
「あんた自転車乗ってただろ」
け:「自転車ぁ?え?あれ?なん?え?なんスか」
やっと異常に気づいたけいじ。
「あんたいつ帰ってきたんだ。」
け:「終電?ですけど…」
「うそつけ。どっから?」
け:「嘘じゃないですよ、え?」
「あれ?この人じゃねぇみたいだな。」
この人じゃねぇじゃねぇよ。
それですまされるんかい。
「こっちの人か…。」
己の部屋に意識が向いてるようだ。
「すいません。こっちの人はいつ帰ってきたの?」
け:「え?いませんけど」
「うそつきなさいよ」
けいじは己がいない時に還ってきて、すぐ寝てるんだから、
その後に還ってきた己のことなんか知るわけねぇだろ!バカか。
けいじがかわいそうになって、いてもたってもいられなくなったので、
己は部屋を出ていった。
「おお!この人だよこの人。ほら、いるじゃない。うそつくんじゃないよ!」
け:「ええ!?ええ?」
け:「ヒサシなんでいるの?」
己は驚くけいじを無視し(多少笑いをこらえきれず)、警察の脇をすり抜け
「あんたら勝手にひとんちあがるんじゃないよ」
と言って階段を降りていった。
「あんたが逃げるから…」
「そら逃げるよ!イチイチ相手にしてらんないよったく。
ホラ、防犯登録でしょ?さっさと検証して」
けいじもエエエ?という顔して降りてくる。
ヒサシ君大丈夫?なんかついにヤッちまった?
外に出ると見事4人も警察が集まっている。
そして7分かけて確認して終わり。
「あ、お騒がせしました。」
はいはい。
己とレースした警官が「あんたなかなか早いね。」
なかなかじゃねぇよ。お前さん全然圧敗だったじゃねぇか。
警察が還って己も寝ようとするとけいじがまだ状況をつかめてない顔でびっくりしてる。
「え?え?」
二階まであがるとレツがパジャマを着替えて起きてきている。
「終わった?生きてる?」
は?
己は寝た。
翌朝、永福庵MLに流れたけいじのメール
> 昨日の件。
> 完全に寝てた。
> ちょっとって起こされた。
>
> こいつら酔ってるよ〜。
> めんどーだぁ。
> あれ?
> おっさんだ。
> バスの運転手だ。
> ヒサシの友達だ。
> なに?
> なんか聞いてくる。
> いつ戻ったのって?
> 終電。
> どっちからって。
> あれ?
> 知り合い?
> 川島くん?
> ?
> 誰だっけ?
> あれ?
> ・・
> やばい系の人だ!(銀行強盗系)
> でも丁寧?
> メガネメガネ・・。
> あれ。
> 警察?
> ちょっと来てって。
> どうしたどうした。
> 事件だ事件だ。
>
> あれっ。
> ひさしが起きてきた。
>
> 結局何事もなく。
>
> 気のきいた事が言えなかったのが悔やまれる。
レツ君のメール
> いや、昨日途中で起きてびっくりしたよ。
>
> ・警察がきてる
> −一階が荒らされた?
> −近くに強盗が入った?
>
> ・実は警察ではなくて泥棒
> −警察のふりをしている・・けいじ君やられた?
>
> とか想像し、ひそかに重装備して様子を伺っていました笑